人物

October 17, 2010

結城秀康が結城家に養子にいった本当の理由

埋蔵金伝説が結城家にもあるのだという。
源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼした時に得た金の一部を結城朝光(初代)にわたしていたという。それが埋蔵金伝説のはじまりで結城家に秀康を養子として送り込み、それでもみつからなかったので越前に転封させたという。以前みつからないため、結城の埋蔵金伝説として現在に伝わることになったという。

結城朝光は、藤原秀郷系小山氏の庶子だったが、頼朝にかわいがれ、頼朝の落胤説まである人物である。

結城秀康は、もともと徳川家から次男であるにもかかわらず、豊臣家に養子に出された(当時は長男が死亡した後)人物である。双子だったといわれ、家康から不吉と嫌われていたふしがある。

豊臣家が徳川家から養子をとる必要がなくなったときに結城家に養子に出されているので家康の意志が働いたように見えない。

奥州藤原家の金が当時としては、大変な財産だっとしても現在の価値でいうとどうなのか疑問である。

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毛利軍が寝返らなかった本当の理由

安国寺恵瓊は、安芸武田家の遺児で野望を持っていた。毛利家の外交僧だったが、だんだん毛利家内で力を持ち、勝手に羽柴秀吉と和議をしてしまい、条件として備中高松城清水宗治の切腹を条件にしてしまった。
一方、これに反対していたのが吉川元春をはじめとする吉川一族である。
この切腹を吉川一族は根に持ち、なんと関ヶ原の戦いで遺恨をはらしたのだという。

恵瓊も伊予に所領をもらっていて大名になっていた。
関ヶ原では、恵瓊は主戦派で毛利家を主戦派に引っ張り込もうとしていた。
結果としては、毛利輝元を大阪城までひっぱりだし、総大将にすることに成功するが、船上では、毛利軍は動かなかったのである。戦場に行った吉川広家が徳川軍に寝返りを約束していたのである。これが清水宗治の切腹の遺恨だったというのである。

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May 25, 2005

曹操孟徳

三国志曹操伝では、主人公。

他のゲームでは悪役であることが多い。

というのも史実および三国志演義では、漢という国(正確には後漢)を結果的に滅ぼし魏という国(今の北京周辺)をつくり、王になったからである。

卑弥呼で有名な「魏志倭人伝」の魏とは、曹操の魏のことであったはず。

結果的に魏は家臣の司馬い仲達により、滅ぼされる。

父親は「夏侯」氏であったが、宦官(皇帝に仕えるため、去勢した権力者)の養子となり、「曹」氏になった。

養子になるにもお金を賄賂として渡して名家?の株を買うということか?

父親の息子が曹氏なのはわかるんですが、曹操の兄弟以外にも曹を名乗っているのがいるようでよくわかりません。

一族としては、

長男:曹昂(戦死)、

次男:曹丕(魏皇帝)、

三男:曹彰、

四男:曹植(三男という説もある)、

五男(?):曹沖(病死)という子供もいるらしい、

弟曹徳(曹安民の親?):、

従兄弟の夏候惇、

従兄弟の夏候淵、

叔父(曹操の父の兄弟、曹氏?夏侯氏?、曹洪の父):、

叔父(曹操の父の兄弟、曹氏?夏侯氏?、曹仁の父):、

曹仁(いとこ)、

曹洪(いとこ)、

父親:曹嵩(謀殺)、

曹安民(甥)、

曹叡(二代目皇帝だが、曹操との関係は・・・)

曹休(甥、父親は誰かわからない・・・)

曹性は関係ないらしい。

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許子将

ゲームでの役割:チュートリアル、面相見(曹操に「乱世の奸雄、治世の能臣」といった批評家)、三国志演義に出てくる人物

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